「ぼくは知っているんです。ぼくと同じ人間、いや、もうひとりのぼくがこの世にいるということを……子どものじぶんから知ってるんです。子どものじぶん、ぼくはいつもそいつと遊んでいたんです。そいつはぼくとそっくりでした。どっちがどっちかわからないくらいでした。そいつの顔鑽石水を見ていると、そいつがぼくだか、ぼくがそいつだかわからなくなるくらいでした。ぼくたちはとても、なかがよかったんです。
 でも、ときどき、けんかもしました。それというのが、そいつがときどきズルをするからでした。ビー玉をかしてやったのに、そのつぎにあったとき、そんなもの、かりたおぼえはないといいはるので、それでけんかになるんです。
 でもそのつぎにあったとき、すなおにビー玉をかえしてくれるので、また、なかなおりをするんです。ぼくたち、ほんとになかがよかったんです」
 そういう話をするとき、剣太郎のほおは、ほんのり染まり夢みるようにうっとりとした目は、いかにも幸福そうだった。
 滋はまた謙三と顔を見あわせた。
 鬼丸博士と足の悪い津川先生は、やっぱりそうでしょう、へんでしょうというような顔をして、ふたりの顔を見ている。
「それで、そのひとはどうしたんですか。子どものときいっしょに遊んだというひとは……」
 謙三がたずねると、剣太郎はかなしそうに目をふせて、
「知りません。ぼくの記憶はそこでプッツリ切れているんです。ひょっとすると、そいつはぼくの兄弟じゃなかったかしら、と思っておじさんにたずね能量水るのですが、おじさんはそうじゃない。ぼくに兄弟なんかひとりもないというんです。その後、ぼくはそいつに一度もあったことがありません。でも、思いだすと、なつかしくてたまらないんです。だから、この家にいるのなら、かくれていないで、出てきていいのに……」
 剣太郎はそういって、また、ほっと、ふかいため息をついた。
 その夜、滋はねむれなかった。
 ふたりにあてがわれた二階の部屋は、しずかで、おちついて、ベッドのねごこちも悪くなかったのだが、それでも滋はねむることができなかった。
 考えれば考えるほど、気味のわるいことばかり。
 食事がすむと剣太郎は、やくそくどおり滋と謙三を、動物室へ案内したが、ああ、その時の滋のおどろき!
 それは四、五十じょうも敷けそうな、広い、天井の高い長方形の大広間だったが、壁にそって、ぎっちりとならんでいるのは、なんと、どれもが|剥《はく》|製《せい》にされた動物ではないか。
 剥製ということばを読者はよくご存知だろう。動物が死ぬとで、それに、つめものをして生きているときの形のままで、保存しておくことなのだ。
 そういう剥製の動物が、まるで動物園か博物館のように陳列してあるのである。鳥もいた。けものもいた。けもののなかには猛獣もいた。ライオン、とら、ひょう、わに、くま、おおかみ、ゴリラ、そういう猛獣が、声もなく、音もなく、思い思いのかっこうで、うずくまっているところを想像してみたまえ。
 しかもここは山の中の一軒家、夕立ちはやんでも、窓の外には、まだ、おりおりいなびかりがしているのだ。
 滋はいうにおよばず、柔道三段の謙三まで、あっとばかりに立ちすくんだのもむりはなかった。
「いったい、これはどうしたのですか。まるで動物園みたいじゃありませんか」